仏教における三界(さんがい、梵: tri-dhātu、または梵: त्रिलोक, IAST:triloka)とは、欲界・色界・無色界の三つの世界のことであり、衆生が生死を繰り返しながら輪廻する世界をその三つに分けたもの。三有(さんう)ともいう。
欲界よりも色界のほうが、色界よりも無色界のほうが、いっそうすぐれた生存のしかたであると考えられており、その場所も、欲界が最下にあり、無色界が最上に位置する。
三つの世界
以下の説明は、4世紀から5世紀頃にヴァスバンドゥ(世親)が著した『阿毘達磨倶舎論』(『倶舎論』)に依る。
欲界(よくかい、よっかい)
欲界(梵: kāma‐dhātu)は、欲望(カーマ)にとらわれた淫欲と食欲がある衆生が住む世界。無色界および色界の下に位置する。本能的欲望(カーマ)が盛んで強力な世界。八大地獄から六欲天までの領域であり、『倶舎論』においては「五趣」(5つの生存状態)地獄、餓鬼、畜生、人、天の5種の世界が欲界に属するとされる。ただし、『倶舎論』を奉ずる説一切有部と対抗した中観派や、のちの大乗仏教諸派は、これらに修羅道を加えて「六道」(6つの迷える状態)とした。いずれの見解においても、地下の世界と、地表の世界と、空中の世界(天界)の最下層とが、欲界に属する。
色界(しきかい)
色界(梵: rūpa-dhātu)は、淫欲と食欲の2つの欲を離れた衆生が住む世界。欲望は超越したが、物質的条件(色、サンスクリットラテン翻字: rupā)にとらわれた生物が住む境域。色天や色界天ともいう。有色(うしき)ともいう(欲界と色界の2界をさす場合もある)。欲界の上、無色界の下に位置する。
色(ルーパ)とは物質のことであり、色界とは物質的な世界という意味。欲界とひとしく物質的世界ではあるが、それほどに欲望が盛んではないところを単に色界とよぶ。色界には、清らかで純粋な物質だけがあるとされる。欲や煩悩は無いが、物質や肉体の束縛からは脱却していない世界である。四禅を修めた者が死後に生まれる世界。色界は禅定の段階によって四禅天に大別される。天界の上層は色界に属し、またそれを細かく17天(経典によっては18天または16天)に分ける。また、初禅の一部と欲界を合わせて「一小千世界」と呼ぶ。
なお、鳩摩羅什は『法華経』序品で、色界の最上位である色究竟天を(後述の)有頂天としている。
無色界(むしきかい)
無色界(梵: ārūpa-dhātu)は、物質的なものから完全に離れた衆生が住む世界。欲望も物質的条件も超越し、精神的条件のみを有する生物が住む境域。欲界および色界よりも上位にあり 、天界の最上層に位置する。空間を超越する無色界は、厳密には色(かたち)を持たない。ゆえに、色界の上方に存在するわけではないが、便宜上三界のなかでは一番上部に置かれる(右図参照)。
物質が全く存在せず、心の働きである受・想・行・識の四蘊だけからなる世界。無色界は四天に分けられ、その最高処を有頂天(非想非非想天、非想非非想処)という。
その他
以上に述べた『倶舎論』が説く「三界」では、極楽やそれに準ずる世界については説かれていない。その理由としては、この宇宙観が成立した時代にはまだ仏教に浄土思想は取り入られておらず、ゆえに三界のなかに浄土が組み込まれることはまだなかったことと、上座部にとっての最高の境地とは涅槃(ニッバーナ)、すなわち、三界から脱出して無に帰することであったことが挙げられる。三界という宇宙観と浄土思想の結びつきは、大乗仏教の隆盛に伴って進むこととなった。
また『倶舎論』は、エンマを六欲天の一つである夜摩天と餓鬼界両方に置いている。
一覧
宗派によって配列は異なる。橙色は天人。
用法
- 『法華経』譬喩品の「三界は安きことなく、なお、火宅のごとし」というのは、迷いと苦しみのこの世界を、燃えさかる家にたとえたもの。
- 「三界に家なし」とは、この世界が安住の地でないことを意味し、後には女性の不安定な地位を表す諺になった。
- 「子は三界の首枷」とは、親が子を思う心に引かれ、終生自由を束縛されること。
脚注
注釈
出典
参考文献
- 総合仏教大辞典編集委員会(編)『総合仏教大辞典』 下巻、法蔵館、1988年1月。
- 甲田利雄『校本江談抄とその研究 中巻』続群書類従完成会、1989年3月1日。ISBN 9784797106220。https://books.google.co.jp/books?id=RRMC3CvIKAUC&lpg=PP182&dq=常放逸天&hl=ja&pg=PP182#v=onepage&q=常放逸天&f=false。2021年11月25日閲覧。
- 上山春平櫻部建 ;『存在の分析<アビダルマ>―仏教の思想〈2〉』角川書店〈角川ソフィア文庫〉、2006年。ISBN 4-04-198502-1。 (初出:『仏教の思想』第2巻 角川書店、1969年(昭和44年))
- 定方晟『須弥山と極楽 仏教の宇宙観』(3版)講談社、1975年7月20日。ISBN 9784061157309。
- 中村元他『岩波仏教辞典』岩波書店、1989年。ISBN 4-00-080072-8。
- 「阿毘達磨倶舍論 (毘曇部)」『SAT大正新脩大藏經テキストデータベース』第29巻、東京大学大学院人文社会系研究科、No.1558、2018年。https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2015/T1558_.29.0000000:0000000.cit。
関連項目
- 因果 - 業
- 極楽 - 浄土 - 穢土
- 娑婆
- 初期の世界地図




